| 1950年 |
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株式会社沖縄バヤリースの前進である、「バヤリース・カリフォルニア・オレンジ(オキナワ)社」が設立される。米国のゼネラル・フーズ社との契約により、バヤリースオレンジ飲料の生産と販売を開始。 |
| 1960年 |
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アメリカン・ボトリング株式会社に社名変更。 |
| 1972年 |
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沖縄の日本復帰に伴い、市場展望が不透明なため、アメリカン・ボトリング社は解散を決議。 当時の従業員を中心に外部出資を募り、株式会社沖縄バヤリースを設立。初代社長に知名定興が就任。 |
| 1973年 |
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新社屋、工場を現所在地の大里村字古堅(現 南城市大里字古堅)に新築。 |
| 1977年 |
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缶飲料ラインを設置。 |
| 1983年 |
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安里祥徳が社長に就任。
UCC上島珈琲株式会社から出資を受ける。(のちに、沖縄ユーシーシーコーヒーへ名義換え) |
| 1984年 |
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アサヒビール株式会社(現 アサヒ飲料株式会社)から出資を受ける。 |
| 1986年 |
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ペットボトルラインを増設。果実飲料以外に、茶飲料生産設備を追加し、多品種生産体制を整えた。 |
| 2004年 |
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ガラス瓶ラインを設置。瓶製品の新商品を開発。 |
| 2006年 |
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上間 長恒 社長就任、安里 祥徳 会長就任 |
| 2007年 |
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株式会社沖縄バヤリース設立35周年。「ありがとうキャンペーン」実施。 |
| 2009年 |
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ペットボトルラインにラベル装着機を設置。多品種少量生産体制の拡充。 |
| 2010年 |
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バヤリースオレンジ生産60周年記念キャンペーン実施(工場見学会など) |
1938年、米国の薬学者フランク・バヤリーが瞬間殺菌法をつかって、果汁の風味や香りをそこなわず、保存性をよくする方法を発明しました。沖縄バヤリースの歴史は、このバヤリーのオレンジ飲料の製法確立に起因します。
1950年、米国の占領統治下にあった沖縄に、米国と香港の資本がバヤリース・カリフォルニアオレンジ(オキナワ)社を設立し、バヤリース商標権者である米国ゼネラルフーズ社とのライセンス契約により、バヤリース飲料の製造販売を開始。その後、地元からの出資を得て、1960年にアメリカンボトリング株式会社に社名を改めました。
1972年、沖縄の本土復帰後の情勢が不透明であったため、アメリカン・ボトリング社は解散を決定。しかし、バヤリースがすでに優れたブランドに育っていたこと、多数の取引先にも恵まれていたことから、当時の社員が中心となって営業権を引継ぎ、株式会社沖縄バヤリースを設立。緑豊かな大里村(現・南城市)へ移転しました。
以来「品質を守ること」を第一に、消費者のニーズに合わせた商品作りを心がけます。1975年には、果汁10%のバヤリースオレンジがJAS規格を取得。相次ぐ商品開発の中で、「多品種・小ロット生産」が可能なラインが出来上がりました。
バヤリースオレンジから始まったラインナップは、現在、南国らしいトロピカルフルーツ果汁飲料や、茶飲料、健康志向飲料へとその分野を拡大。自社工場と協力工場で、ガラス瓶、PETボトルや缶入り飲料を製造しています。また、コストの変動する原料の確保も積極的に行い、安定した販売を続けています。